体外受精で気を付けたいリスクとは?治療前に知っておきたい8つの注意点と対策
体外受精は、不妊治療の一環として多くの人に選ばれている方法です。タイミング法や人工授精など、これまでの治療では思うような結果が得られなかった場合に、次の治療段階として検討されることも少なくありません。ただし、体外受精には身体的・精神的な負担や副作用など、いくつかのリスクが伴うことも事実です。この記事では、体外受精に伴う代表的なリスクや注意点、リスクを軽減するための対策について解説します。治療の選択肢を冷静に見つめ、自分たちにとって納得のいく決断をするための参考にしてください。
【目次】
■体外受精で起こり得るリスクとは?
・1.採卵による体への負担
・2.感染症
・3.卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
・4.子宮外妊娠
・5.多胎妊娠
・6.周産期合併症
・7.精神的・身体的ストレス
・8.経済的な負担
■リスクを最小限にするためにできること
・体質や年齢に合った治療法を選ぶ
・生活習慣の見直しでリスクに備える
■丁寧な説明と信頼できる医療機関選びが安心につながる
体外受精で起こり得るリスクとは?
体外受精には、以下のようなリスクや注意点が伴います。治療に進む際は、これらを理解した上で選択することが大切です。
1. 採卵による体への負担
採卵は通常5〜20分程度で終了する短時間の処置ですが、術後には一定時間の安静が必要です。処置中の痛みを軽減するために、局所麻酔や静脈麻酔(鎮静薬・鎮痛薬)が使用されることが一般的です。まれに麻酔を使用せず行われることもあります。特に静脈麻酔は快適に処置を受けられる一方で、ごくまれに呼吸抑制や血圧低下、嘔気・嘔吐、アレルギー反応などの副作用が生じるリスクがあります。
採卵では腟壁や卵巣を針で穿刺するため、処置後に少量の性器出血や軽度の腹痛が生じることがあります。もし、発熱(38℃以上)や強い腹痛が続く場合は、感染症や出血などの合併症の可能性もあるため、早急に医療機関への受診が必要です。なお、麻酔の種類や使用の有無は、医師の判断や医療機関の方針によって異なります。患者の中には強い痛みを経験し、こうした身体的負担から自己卵での治療を断念する方もいます。
2. 感染症
体外受精における採卵は、腟から卵巣に針を挿入するため、感染症のリスクが伴います。腟内の常在菌が針を介して骨盤内に侵入し、卵巣、卵管や骨盤腹膜などに感染や炎症を引き起こす可能性があります。これにより、癒着が生じることもあります。
感染予防のため、採卵前には腟内の消毒や予防的な抗菌薬の投与が一般的に行われます。特に、子宮内膜症のある方や過去に骨盤内炎症性疾患(PID)の既往歴がある方は、感染のリスクが高くなる傾向があるため、より慎重な対応が求められます。 感染が起こった場合、発熱、腹痛や全身倦怠感などの症状が現れることがあります。これらの症状が見られた場合は、速やかに医療機関に相談することが重要です。
なお、これらの感染症リスクの対策は、医療機関側が十分に注意を払い、適切な予防処置を行いますが、患者側で完全に防ぐことが難しい側面もあります。
3. 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)は、不妊治療で使用される排卵誘発剤が卵巣を過剰に刺激され、卵巣が腫れて体液が血管外に漏れ出すことで、腹水や胸水がたまるなどの症状を引き起こす医原性の疾患です。症状は軽度から重度まで様々あります。軽度では、腹部膨満感、吐き気、急激な体重増加、尿量減少などがあり、重症になると、呼吸困難や血栓症、多臓器不全などをきたすこともあります。これらの症状は、採卵後に起こることが多く、特に多く採卵された場合にリスクが高まります。
以下のような方はOHSSのリスクが高いとされており、治療前に医師と十分に相談し、適切な対策を取ることが重要です。
・若年の方
・多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方
・抗ミュラー管ホルモン(AMH)値が高い方
・過去にOHSSを経験したことがある方
軽度のOHSSの場合は、自宅で安静にし、水分をしっかり摂ることで改善するケースが多く見られます。しかし、中等度以上になると、入院による点滴や対症療法が必要になることもあり、状態によって腹水を排出する処置が行われることもあります。重症化を防ぐために、医師が排卵誘発剤の使用量を調整するほか、採卵後にすべての受精卵を凍結保存し、身体の状態が回復してから胚移植を行う「全胚凍結」が提案されることもあります。
4. 子宮外妊娠
子宮外妊娠とは、受精卵が正常な着床部位である子宮内腔以外、主に卵管に着床してしまう状態を指します。他にも卵巣や腹膜、頸管に着床することもまれにあります。子宮外に着床した受精卵は正常に発育できる環境ではないため、組織の破綻や出血を起こすリスクがあります。特に卵管妊娠では卵管破裂による大量出血をきたす危険があり、早急な対応が必要です。
治療には、薬物療法(メトトレキサート)や手術(腹腔鏡下卵管切除・切開など)が選択されます。症状としては、下腹部痛や不正性器出血が見られることが多く、病変が破裂して進行するとショック症状を引き起こすこともあります。診断には、経腟超音波検査と血中hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)測定が有用です。
体外受精においては、受精卵を直接子宮腔内に戻すため、一般的には子宮外妊娠のリスクは自然妊娠に比べて高くないとされています。特に排卵法を用いた移植では、着床の位置がある程度制御可能であり、移植された胚が意図せず卵管に移動してしまうリスクは限定的です。しかしそれでも子宮外妊娠が完全に防げるわけではなく、体外受精においても一定の頻度で発生することが知られています。したがって、体外受精だからといって子宮外妊娠のリスクが高まるわけではありませんが、発生の可能性があることは念頭に置く必要があります。
5. 多胎妊娠
多胎妊娠とは、同時に複数の胎児を妊娠することを指し、不妊治療により発生するケースが多くあります。特に、複数の胚を移植した場合や、移植された1個の胚が分割して一卵性双胎になる場合に起こります。多胎妊娠は単胎妊娠に比べて、母体・胎児ともにリスクが著しく高まるため注意が必要です。
母体のリスク・胎児のリスクとして、以下のようなものがあります。
母体のリスク | 胎児のリスク |
・妊娠高血圧症候群 ・妊娠糖尿病 ・前期破水・早産 ・帝王切開率の上昇 ・分娩時・産後出血の増加 | ・早産による低出生体重 ・胎児発育不全(FGR) ・先天異常のリスク上昇 |
このようなリスクを避けるため、現在の生殖補助医療では「単一胚移植」が標準として推奨されています。これは、母児の安全を最優先する医療方針の一つであり、近年では胚の選別技術や培養環境の進歩により、単一胚でも十分な妊娠率が期待できるようになっています。
かつては排卵誘発剤の過剰使用や多胚移植が一般的で、多胎妊娠のリスクが高く問題視されていました。しかし現在では治療の質が向上し、体外受精もより自然妊娠に近い形で実施されるケースが多く、リスクは以前ほど高くないとされています。
しかし、理論上は多胎妊娠になりにくい方法がとられていても、予期せぬ自然妊娠が重なることで多胎になるケースもあります。そのため、治療中の性交渉についても医師の指導が必要です。多胎妊娠を避けることは、リスクの回避だけでなく、母体や胎児の健康を守る上で重要な判断のひとつです。
6. 周産期合併症
体外受精により成立した妊娠は、自然妊娠と比較して特定の周産期合併症のリスクが上昇する可能性が報告されています。これは母体の背景因子に加え、人工的な受精・胚移植過程そのものが影響している場合があります。
特にリスクが上昇する可能性のある主な周産期合併症として、以下が挙げられます。
・妊娠高血圧症候群(HDP)
・妊娠糖尿病(GDM)
・前置胎盤
・常位胎盤早期剥離
・癒着胎盤(Placenta accreta spectrum)
・早産
・低出生体重児(LBW)
これらの合併症のリスク上昇の背景には、体外受精特有の要因が考えられています。たとえば、自然妊娠では受精卵が卵管を通過する際に、卵管内では殺菌作用を示す成分を有することが知られています。この「生理的な殺菌プロセス」が、胚に対して何らかの影響を与えている可能性があります。
一方、体外受精ではこのプロセスを経ずに胚が子宮に移植されるため、その違いが胎盤形成や免疫応答に影響を与え、周産期合併症の一因となる可能性が指摘されています。したがって、体外受精による妊娠では、妊娠経過中の合併症リスクに十分注意し、適切なモニタリングと管理が求められます。
7. 精神的・身体的ストレス
不妊治療は、頻回の通院や自己注射、副作用への対応、厳密なスケジュール管理など、身体的・時間的に大きな負担を伴います。これに加えて、仕事との両立が難しく、職場への説明や調整、休暇取得なども精神的なストレスの要因となります。
また、治療周期ごとに生じる期待と結果への不安・落胆の繰り返しや、治療の先行きが見えない不確実性は、大きな精神的負担をもたらします。加えて、「自分の責任ではないか」といった罪悪感や、家族・社会からのプレッシャー、周囲との比較による焦りや孤独感など、心理的ストレスも軽視できません。
こうしたストレスに向き合うためには、以下のような対処法が役立ちます。
・パートナーと率直に気持ちを話し合い、支え合う。必要に応じて一緒に通院する
・信頼できる情報源から正確な情報を得て、不安を軽減する
・治療から少し離れ、趣味や休息で心身をリフレッシュする
また、専門家のサポートを活用するのも有用です。多くのクリニックには臨床心理士やカウンセラーが在籍しており、カウンセリングを通じて感情の整理やストレス対処法を学べます。
8. 経済的な負担
2022年4月より、体外受精や顕微授精、胚移植などの基本的な不妊治療に対して公的医療保険が適用されるようになり、経済的負担の軽減が図られています。ただし、保険適用には年齢や治療回数などの条件があり、すべてのケースに適用されるわけではありません。さらに、一部の薬剤や検査については自由診療となるため、想定以上に費用がかかることもあります。
また、凍結胚移植や着床前診断などの追加オプションを選択した場合、それぞれに別途費用が発生し、総額が高額になることもあります。そのため、事前に治療内容と費用の見積もりを取っておくことが重要です。
なお、自治体によっては不妊治療に対する助成制度を設けている場合もあり、条件を満たせば費用の一部が補助される場合があります。そのため、住んでいる地域の制度についてあらかじめ調べておくと安心です。
リスクを最小限にするためにできること
体外受精にはリスクがあるものの、適切な医療機関の選択やライフスタイルの見直しで軽減が期待できます。ここでは、治療と向き合う上で意識したいポイントを解説します。
体質や年齢に合った治療法を選ぶ
体外受精においては、高刺激法、低刺激法、自然周期法など、様々な治療法が存在します。それぞれに利点やリスクがあるため、年齢や卵巣予備能(AMH値や胞状卵胞数)、過去の治療歴、そして患者自身の希望を含めた総合的な評価のもとで、最適な治療法を選択することが大切です。特にOHSSなどの副作用リスクを最小限に抑えるためにも、体質や年齢に合った方法を選ぶことが重要です。
治療法を選ぶ際には、医師との丁寧なコミュニケーションが欠かせません。年齢に応じた治療方針をきちんと説明してくれる医師を選ぶことが、安心して治療に臨む上での大切なポイントです。医師が推奨する治療法にしたがうのが基本ですが、中には事後的に治療方針が伝えられることもあります。そのため、あらかじめ「こういう治療法があると見たのですが、私に合っていますか?」と質問してみるのも良いでしょう。気になる点を遠慮せずに確認し、自分自身が納得した上で治療を進める姿勢が、より良い結果につながります。
生活習慣の見直しでリスクに備える
妊娠を希望する方にとって、日頃の生活習慣を整えることは、妊娠のしやすさや妊娠中の健康、さらには胎児の発育にも大きく関わってきます。以下のポイントを意識し、生活習慣を見直すことで、様々なリスクに備えることが可能です。
項目 | ポイント |
葉酸の摂取 | 妊娠前〜初期にかけての摂取で胎児の神経管閉鎖障害リスクを低減。食事だけでなく、サプリの活用も有効。 |
禁煙 | 喫煙は卵子・精子の質を低下させ、体外受精の成功率にも悪影響。禁煙は必須。 |
適正体重の維持 | 痩せすぎ(低BMI)や太りすぎ(高BMI)は、排卵障害や合併症のリスクに。BMI18.5〜24.9を目安に体重管理を。 |
バランスの良い食事 | バランスの取れた食事は、妊娠力を高める土台となる。タンパク質や鉄分など、必要な栄養素を多様な食品から摂取する。 |
適度な運動 | ウォーキング、軽いジョギング、ヨガ、水泳などの有酸素運動は血行促進やストレス緩和に効果的。 |
睡眠と休養、ストレス管理 | 過労を避け、質の高い睡眠と休息を確保し、リラクゼーション法で心身のバランスを整える。 |
これらの生活習慣の見直しは、将来の妊娠や出産、さらには赤ちゃんの健康を守るための第一歩となります。
丁寧な説明と信頼できる医療機関選びが安心につながる
体外受精にはリスクがあるため、不安に感じるのは当然のことです。大切なのは、医師と一緒に不安を整理し、納得した上で治療を開始することです。まずは自分の体の状態やリスクについて理解することから始めましょう。また、信頼できる医療機関選びも重要です。医師の説明が丁寧で疑問にしっかりと答えてくれるか、患者が納得した上で治療を進められるかが医療機関選びの判断基準となります。実績のある医療機関であることはもちろん、通いやすさやスタッフとの相談のしやすさも、長く通う際の重要な要素です。 初回カウンセリングを上手に活用することで、治療方針の方向性を事前に明確にし、安心して次のステップに進めます。また、必要に応じてセカンドオピニオンを活用することで、より納得のいく選択が可能になります。不安や疑問を抱えたままにせず、その都度しっかりと解消していくことが、安心して治療を続けるための環境づくりにつながります。